『魔法のつくり手 〜魔法織りなす天の石〜』
作品を選ぶのは下に 物語を読むのは横にスクロールしてね


【連作掌編・サイドストーリー】
 外の世界から聖山にやってきたふたりの兄弟は、
 今日も穏やかな日々を過ごしている。


昔語り 変化の始まり(物語の小さな欠片)

昔語り いつもの日々(物語の小さな欠片)

昔語り 過去の出逢い(物語の小さな欠片)

昔語り 出逢いその後(物語の小さな欠片)



 ←電子書籍版(設定から別ウィンドウで開くこともできます)    まだ増える予定なので電子書籍の配布は、しばらくお待ちください


 
昔語り 変化の始まり(物語の小さな欠片)


ゆらりと揺らめきながら、魔力が淡く色づいてゆく。

手のひらにふわりと集まり彩られたそれに、奏でるように魔法を紡いでゆく。

石に魔法が織りこまれてゆく。

天の石に宿った魔法の彩り、刻まれた魔法の紋章。


  魔法織りなす、天の石。



ラジャクは敬愛する兄の優雅な手のひらの動きを、その指先がえがく繊細な軌跡を、息をつめてじっと眺めていた。

舞うようにひらめく兄の手が石にふれるたび、魔力を帯びて変わりゆく美しい色あいの淡い光が軌跡を残しながら吸いこまれてゆく。

最後に天石に紋章が浮かびあがると、いつも胸の奥から熱いものがこみ上げてきて、ラジャクの黒い瞳はきらきらと輝きを増すのだった。

このようにして〝魔法のつくり手〟が天石にこめた魔法は、魔術語を唱えることにより誰でも扱えるようになる。


ラジャクとその兄カルシャークは、幼い頃に外の世界からこの聖山にやってきた。両親を亡くした幼い血縁者の存在を知った聖山の長が、ふたりを引き取ることにしたからだ。

高齢となった長には子供がいなかったため、山で暮らす者たちは幼い兄弟をみて安堵した。

魔法の力は長の血筋にのみ宿る。いずれ世界から消えゆくものであったとしても、このままではそれを見届ける前に秘術が途絶えてしまうのではないか。それを誰もが危惧していたのだ。

そんな折に現れたふたりの子供は、まさに彼らの希望だった。

遠い昔に地上の魔力が枯渇して以来、天人イスハークの血をひく者だけが魔法を紡ぐことができたこともあり、〝魔法のつくり手〟としてのその力と術は、その血筋である彼らと彼らを護る一族によって連綿と受け継がれてきた。聖山で暮らす者はみな、この日々が続くことを願っていたので、幼い兄弟は心から歓迎された。


兄弟が山で過ごすようになって数ヶ月。しばらく様子を見守っていた大人たちは、やがて兄のほうが秘術を学ぶに適しているようだと考えるようになった。兄であるカルシャークが書物を好むのに対し、弟のラジャクは身体を動かすことが大好きで遊んでばかりいたからだ。

暇さえあれば、カルシャークはさまざまなことを学んで吸収していった。

好奇心旺盛なラジャクは兄が何を学んでいるのか知りたがったが、すぐに退屈してカルシャークを遊びに誘うのだった。


そのようにして時が流れてゆき、やがてカルシャークは次期魔法創生主としての道を歩み始め、ラジャクは兄を慕いながらも外の世界へと目を向け始めるようになり 


  聖山に変化の兆しが訪れる。



 
昔語り いつもの日々(物語の小さな欠片)


少し開いた扉から書物の紙をめくる微かな音がする。物静かな兄であるカルシャークは読書を好んでいて、この時間はいつも私室か庭園の四阿あずまやにいることが多い。今も陽射しの暖かな窓辺に寄り添って何かを読んでいるようだ。

暇を持て余したラジャクがそれとなく眺めていると、視線を感じたのかカルシャークの眼差しがこちらへと向いた。

「ラジャク、こちらへおいで。甘菓子があるんだ」

のんびりとした優しい声でラジャクを呼び寄せると、カルシャークはお茶の準備を始めた。

「カル、今度は何を読んでたんだ?」

ラジャクが美しく装飾された書名を覗きこもうとすると、そこにカルシャークの手がそっと重ねられ、隠された。最近、時折こういうことがある。以前、ラジャクが聖山を抜け出して下界に降りた際に、カルシャークがそれを止めようとして後を追ってきたことがある。そのあたりからだ。

カルシャークの書物は補佐しているティルが手配するのだから、ティルに聴けば分かるのだが、彼は生真面目なのでカルシャークが秘密にしているものは、たとえその弟が相手であっても教えてくれない。



「教えてさしあげてもよいのでは?」
「︙︙恥ずかしいから」

照れた顔をして、カルシャークがふわりと笑う。

「学問と関わりのないような本なのに、手間をかけさせてすまないね」
「外の世界に興味があるのはいいことだと思いますよ。それに息抜きと称して度々こっそりと下界へと降りてしまわれるラジャク様を追うことに比べれば、カルシャーク様の読まれる書物を探すほうが遥かに有益ですから」

ティルは手に持つ美しい装飾の本を大切そうに抱きしめた。これもカルシャークのためにティルが見つけてきたものだ。

「ラジャクは後継者ではないのだから、もう少し自由があってもいいと思う」

カルシャークはそう呟いて微かに表情を曇らせると、窓のほうに目をやり、なにか大切なものでも見つけたかのように今度はそっと笑みを浮かべる。窓の向こう側には元気に走り回るラジャクの姿があった。

ティルはラジャクの様子を眺め、それからカルシャークの表情をみつめた。カルシャークの優しげな瞳に宿るその色は、ティルにほんの少しのせつなさを感じさせる。

カルシャークがティルの視線に気づいて苦笑した。

「その本、受け取っても?」
「どうぞ」

カルシャークのために新たに手にいれた本を差し出しながら、ティルはその表紙をみつめる。目立たないよう絵のないものを選ばれたそこには、『遥かなる大地を巡る冒険譚』と書かれていた。



 
昔語り 過去の出逢い(物語の小さな欠片)


その日、ティルは朝から緊張していた。もうすぐ会える少年たちと仲良くできるのか、とても心配だったからだ。これはただの顔合わせではない。将来、ティルが仕えることになるであろう少年たちとの初対面なのだ。

ティルは近づく足音を聞きながら、覚悟を決めた。



何年か前のこと。ある時、外の世界から聖山にふたりの幼子が連れてこられた。

外の世界というのは山の下に広がる世界で、多くの人間たちが暮らしているところだ。彼らは山に近づかない。それは、遥か昔に人を遠ざける結界のようなものが聖山に張られたからだと、この山で暮らす者たちには伝えられている。

聖山を統べる創主の血縁だというその兄弟は、両親が亡くなったため引き取られることになったのだという。ふたりの兄弟は聖山で暮らす人々に温かく迎えられた。

おとなしい兄とは違い、弟のほうは悪戯好きで人懐こく、大きな黒い瞳を輝かせ、短い黒髪をなびかせながら飛ぶように走る姿がよくみられた。

兄の名はカルシャーク、弟の名はラジャクといい、とても仲睦まじい兄弟だった。

そして、そんな兄弟の様子を遠くから眺めている少年がいた。

「ティル、急に立ち止まってどうしたんだい?」
「な、なんでもありませんッ」

ティルと呼ばれた少年は慌てて、師匠のもとへと走り寄った。

少人数の集団で暮らしている聖山には子供があまりいない。だが、ちょうど兄弟と同じくらいの歳の少年がひとりだけいた。それがティルである。

ティルの師匠であるウォーティスは、弟子の視線の先にあったものをみて、ティルが兄弟を気にしていることに気がついた。


大人たちは幼い兄弟とその少年ティルを共に育てることにした。いずれ兄弟を補佐する役目をティルが担えばよいという、大魔導師ウォーティスの案が採用されたのだ。

そういうわけで、ティルは遠目に眺めていた兄弟たちと初めて面と向かって会うことになった。



ティルの顔をみた瞬間、カルシャークとラジャクは喜びの笑顔を浮かべた。それを見た周りの大人たちのあいだにも、ほっとしたような和やかな空気が流れる。

ティルが緊張と興奮の入り混じった表情で彼らのほうへ近づくと、カルシャークとラジャクは楽しげに笑いながらティルを迎えた。

「はじめまして、ティル。よろしくね」

カルシャークがティルの手をとって優しく声をかけると、ラジャクも笑顔で近づき元気に挨拶をした。ティルの緊張がほんの少し和らぐ。

「よろしくお願いします」

ティルはそう言って、カルシャークの手を握り返した。



彼らと過ごす時間が増えてゆくにつれ、ティルの心は次第に打ち解けていった。そして、この出会いはティルにとって大きな意味を持つこととなる。

将来のことはまだ分からない。けれど、兄弟たちと一緒に遊んだり笑ったりすることは、ティルのこれまでの単調な生活を一変させた。

いつかこのふたりのために自分にできることをしよう、ティルはそう心に決めたのだった。



 
昔語り 出逢いその後(物語の小さな欠片)


ティルとの出逢いから気づけば一年近くが過ぎ、ラジャクはますます聖山での暮らしに馴染んでいった。

聖山は遠くからみると人が住めそうにもない、細長く高く切り立った崖のような姿をしている。だがそれは天人イスハークの張った結界によって見せかけられたものであり、真の姿はそれよりもずっと暮らしやすい山だ。

それだけではない。

山の麓にある森に地上の人々が近づくこともあるが、天石を持たない者が聖山に近づこうとすると道が逸れるように、山全体に魔法がかけられてもいる。この魔法もまた天人イスハークが天に帰る前に、ここで暮らしていた者たちのためにかけたものだといわれている。

それ以外にも、大地の魔力が途絶えるその時まで天人イスハークの血をひく者たちが少しでも快適に暮らせるようにと、さまざまな恩恵が至るところに施されていて、ある程度の暮らしは聖山のみで賄えるようになっていた。

外から来たカルシャークとラジャクは、事あるごとにそういった山の暮らしを見てまわり、珍しがっては里の者を質問攻めにした。そうしてやがて、楽しげに笑いあうふたりの姿が山のあちこちでしばしばみられるようになった。


カルシャークが出かけられない日でも、ラジャクはひとりであちこち歩きまわり、その日あった出来事を必ずカルシャークに伝えるようにしていた。

その日もラジャクがひとりで山のなかを探検しようとしていると、遠くのほうからティルが息せき切って駆け寄ってくるのが見えた。

ラジャクにとって、ティルはここに来てから初めて見た同じ歳くらいの子供なのだが、紹介されてから既に一年近くも経つというのにまだ殆ど会う機会がなかった。気にはなっていたのだが、どうやらティルはカルシャークよりも忙しいようなのだ。

「今日はおひとりなのですか?」
「うん。初めて会ったとき以来だよな。元気だったか?」
「はい。今日は時間があるので、できればおふたりと過ごしたいと思って︙︙」

そう言うと、ティルは青緑色の瞳を輝かせて破顔した。その拍子にクセのないまっすぐな薄茶色の髪がさらりと揺れる。

「会えて嬉しいよ。ティルに会うまで、ここには大人しかいないのかと思ってたから」

ラジャクは興味深そうにそう言って周囲を見まわすと、視線をティルに戻した。

「このあたりは特別な区域ですから。山の中腹あたりになら、歳は離れてますけど他の子も少しいますよ。小さい子はまだ二歳くらいですし、上はもう十八歳以上なんですけどね。あのあたりは家族が多いんです。ちなみに山の麓になると他の一般的な仕事をしてる人たちが住んでいて、まだ独身のかたが多いので子供は殆どいません」
「ティルもこのあたりに住んでるんだよな。ウォーティスさんと一緒に暮らしてるのか?」
「はい。少し前からウォーティス様のところで学びながら暮らしてます」

ウォーティスは大魔導師で、ティルはその弟子だ。まだラジャクのひとつ上の八歳のはずだが、簡単な雑用もこなしているらしく年齢のわりにとてもしっかりしている。

天石を扱うときに使うのは魔術語であり、その魔術語を巧みに操り、天石にこめられた魔法をうまく扱える者を魔道士という。彼らは魔法を創りだすことは出来ないが、常に学び続けることで理解を深めている。そして、ウォーティスは彼ら魔道士を導き教える存在であり、大魔導士と呼ばれていた。


「ところで何処かに行かれるところでしたか?」
「あー︙︙いや、それなんだけどさ︙︙」

ここで生まれ育ったティルは山を歩きまわってもたいして楽しくないかもしれない。ティルが会いに来たと知れば、カルシャークも読書より彼と話をしたいと言うだろう。そう思い、ラジャクは探検を諦めてティルを連れてカルシャークの元へと戻ることにするのだった。